新保管制度が始まった自筆証書遺言。公正証書遺言とどちらを選ぶべきか?

はじめに

自筆証書遺言と新保管制度

2020年7月10日より、自筆証書遺言を法務局に預けられる制度がスタートします。

「自筆証書遺言」は、遺言者が自分で遺言を書く方式のことです。
最も基本的で、手軽にできる方式ではありますが、遺言書を紛失してしまったり、死後に相続人に見つけてもらえなかったりといったトラブルがときどき起こります。
また、他人に改ざんされたとして紛争になる例もあります。

今回導入される保管制度では、自分が作成した遺言書を法務局に預けることで、紛失や改ざんを防ぐことができると共に、死後は一定の要件のもと、法務局から相続人への通知がなされます。
また、保管制度を利用した場合、家庭裁判所での検認手続も不要になります。

公正証書遺言

一方、遺言の作成方式としては、自筆証書遺言のほか、公証役場に作成してもらう「公正証書遺言」があります。

公正証書遺言では、公証人が遺言の内容の有効性や本人の遺言能力・意思を確認してくれます。このため、後日の紛争を予防することが期待できます。

また、公正証書遺言は上記の新保管制度と同じく、遺言書の原本が公証役場に保管されるほか、家庭裁判所での検認手続が不要です。

 

では、保管制度が始まった自筆証書遺言と、公正証書遺言、どちらを利用すればよいのでしょうか?
本記事では両者の長所・短所を比較してみました。検討の参考にしていただければ幸いです。

※ なお、これらのほか、「秘密証書遺言」という方式もあります。
ただ、上記2つと比べてメリットがあまりなく、ほとんど利用されていません。そのため、本記事では比較検討の対象から外しています。

 

自筆証書遺言(+保管)と公正証書遺言の比較

作成、保管の費用

費用面では下記のとおり、自筆証書遺言が圧倒的に安価です。

自筆証書遺言

遺言書の作成は自分で行いますので、費用は通常かかりません。
(ただし、後で述べるとおり、遺言内容を精査するため専門家に相談されることを強くおすすめします。)

法務局での保管の手数料は3,900円です。(2020年7月現在)
これは最初の保管時にかかるもので、以後の年間費用などは発生しません。

これとは別に、死後に相続人が遺言書情報証明を取得するのに1,400円の手数料がかかります。(2020年7月現在)

公正証書遺言

公証役場に作成費用を支払う必要があります。

作成費用は、遺言の目的となる財産の価額をもとに計算されます。事案によって大きく異なりますが、おおむね数万~10万円ほどと考えてよいでしょう。
具体的な計算方法は、日本公証人連合会の下記ページを参照ください。

公証役場に行くことができず、公証人に出張してもらう場合は、手数料が50%加算されるほか、公証人の日当と交通費が別途請求されます。

また、公正証書遺言の場合、証人2人の立会が必要です。証人を用意することができない場合は、証人の手配に要する日当も別途必要になります。

出頭(どこで手続をするか)

自筆証書遺言

作成は自宅でも可能ですが、保管には本人が管轄の法務局(遺言書保管局)に赴く必要があります。郵送や代理申請は認められません。

この「管轄」に注意が必要です。
本人の住所地のほか、本籍地や、所有不動産の所在地のどれか一つを管轄している法務局を選ぶことが可能です。
ただし、法務局の「出張所」では遺言の保管ができません。法務局の本局か支局で行う必要があります。
詳しくは、下記一覧表(法務局ウェブサイト)をご覧ください。

公正証書遺言

一方、公正証書遺言の場合は、管轄はなく、全国どこの公証役場でも手続がとれます。

また、公証役場まで行くことが困難な場合、出張料はかかりますが、公証人に自宅等まで来てもらって遺言を作成することもできます(ただし、他府県の公証人に出張を依頼することはできません)。

小括

つまり、相楽郡・木津川市にお住いの方の場合、公正証書遺言であれば奈良合同公証役場(近鉄新大宮駅近く)が利用可能なのに対して、自筆証書遺言を保管するためには通常は京都地方法務局の宇治支局まで行かないといけません(※)。
お住まいの地域によってはかなりの差が出ることに注意が必要です。

※本籍地や不動産所在地が奈良市の場合は、奈良地方法務局での手続も可能です。

作成・保管時の必要書類

自筆証書遺言

保管時に提出する書類は、作成した遺言書と保管申請書のほか、通常は遺言者本人の住民票のみです。
ただし、後述のとおり、別途必要となる本人確認書類に注意が必要です。

公正証書遺言

下記の書面が必要となります。

  • 相続人が財産を取得する場合、関係がわかる戸籍謄本
  • 相続人以外の者が財産を取得する場合、対象者の住所・氏名・生年月日を証する書面(住民票等)
  • 財産を特定する書類(登記事項証明書、通帳写しなど)

このうち、2番目の書類が問題となることが多いです(遺言者本人が直接取得できないことが多いため)。公証役場によっては多少柔軟な対応をしてもらえることもあるようですが、注意が必要です。

本人確認書類

手続時に、遺言者は本人確認書類を提示する必要があります。

自筆証書遺言

自筆証書遺言を保管してもらう場合、提示する本人確認書類は顔写真付きの公的証明書(運転免許証やパスポート等)でないといけません。
このため、該当する証明書をお持ちでない場合、マイナンバーカードを作成する必要があります。

公正証書遺言

公正証書遺言の場合も原則として顔写真付きの公的証明書が必要ですが、印鑑登録証明書の提出に代えることもできるとされています。

遺言の形式的要件

自筆証書遺言

まず、(保管制度の利用有無にかかわらず)民法上定められた自筆証書遺言の要件として、下記の要件を満たす必要があります(民法968条)。

  • 原則、全文を自書(手書き)で作成する(※)
  • 作成日と氏名を記載(自書)+押印する

※ 法改正により、財産目録はパソコン等で作成することも可能になりました。ただし、当該ページに署名押印をする必要があります。

加えて、法務局に遺言書を保管してもらうには、次の要件(「別紙第一号様式」)を満たす必要があります。

  • 用紙はA4サイズ(※1)。縦書きでも横書きでもよい。
  • 数枚にわたる場合、とじ合わせず、各ページに番号を振る。
  • 片面のみに記載する(※1)。
  • 各ページの上下左右に余白(※2)が必要。

※1 法令施行日(2020年7月10日)以前に作成した遺言書の場合、施行日から6か月経過前であれば、下記の特例が適用されます。

    • A5以上A4以下に相当するサイズでもOK
    • 両面書きでもOK
    • ただし、長辺方向の余白がそれぞれ20mm必要

※2 A4用紙を縦置きで利用した場合、上5mm、下10mm、左20mm、右5mm

公正証書遺言

公正証書遺言は、公証人が作成するため、遺言者は形式面を気にする必要はありません。

遺言内容のチェック

自筆証書遺言

自筆証書遺言を法務局で保管してもらう場合、法務局は上記の形式面はチェックしますが、遺言に書かれた内容が妥当かどうかはチェックしません。

このため、特に自筆証書遺言を作成されるのであれば、内容が法的に問題ないかどうか、専門家に相談されることを強くおすすめします。

公正証書遺言

公正証書遺言の場合、公証人が遺言の内容が法的に有効かどうか確認を行い、必要に応じて遺言者にアドバイスします。

また、作成にあたっては公証人が本人の意思確認を行い、証人が立ち会います。この点でも後日の紛争を(絶対ではないですが)防ぐ効果が期待できます。

第三者の立会い

自筆証書遺言

自筆証書遺言の場合、作成はもちろん自分一人でできますし、保管手続も第三者の立会は不要です。

公正証書遺言

公正証書遺言の作成には、証人2人の立会いが必要です。

注意すべき点として、遺言者の相続人・受遺者とその家族は証人になることができません(民法974条)。

もっとも、証人となる人を公証役場で紹介してもらうことができます。遺言作成を弁護士や司法書士に相談している場合は、そちらで手配してもらうのが通常です。ただ、これらの場合、証人の日当を支払うことになります。

作成後の届出

自筆証書遺言を法務局で保管した後、遺言者、受遺者、遺言執行者の氏名住所に変更があったときは、法務局に届出をする義務があります。

公正証書遺言の場合、このような届出義務はありません。

遺言者が死亡した後の相続手続

自筆証書遺言

最初に述べたとおり、遺言を法務局に預けた場合、家庭裁判所での検認が不要になります。

ただし、遺言を執行するためには、遺言内容が記載された「遺言書情報証明書」を法務局で取得する必要があります。
この証明書取得に際しては、本人の出生~死亡まで全ての戸籍と、相続人の現在戸籍を添付する必要があります。相続人の範囲によっては、戸籍収集はかなりの負担となります。

また、後述する通知制度にも留意が必要です。

公正証書遺言

公正証書遺言の場合、遺言の作成時(つまり、遺言者の生前)に遺言書の正本・謄本が発行されます。これが手元にあれば、相続手続をとることができます。

なお紛失の場合、謄本の再発行も可能です。

相続人への通知

自筆証書遺言(保管制度の利用時)

遺言者本人の死後、相続人等が法務局に遺言書情報証明書等を請求した場合、遺言書が保管されていることが全ての相続人と受遺者に通知されます

また、これとは別に、遺言者が保管時に申請しておくことで、本人が死亡した時点で、指定する者一人が法務局から通知を受けることができます(ただし、本記事執筆時現在、この制度は準備中のようです)。

この通知制度はメリットにもデメリットにもなりうるもので、制度選択の大きなポイントといえるでしょう。
通知制度の詳細は、下記記事をご覧ください。

遺言書の保管制度で知っておきたい2種類の通知
はじめに2020年7月10日より、法務局における自筆証書遺言書の保管制度が始まりました。これは、自分が書いた遺言書を、遺言書の紛失や改ざんを防ぐために法務局に預けることができるものです。この制度の詳細や、公正証書遺言との比較については、下記記事をご覧ください。この保管制度の大きな特徴として、遺言者本人が死亡した後、相続人などが法務局から通知を受けることで遺言書の存在を知ることができる仕組みがあります。通知には、次の2種類があり、通知を受けられる者やタイミングなどが異なります。 死亡時通知 関係遺言書...
公正証書遺言

公正証書遺言の場合、このような通知制度はありません。

 

まとめ

以上の特徴から、自筆証書遺言・公正証書遺言それぞれに向いている場合を簡潔にまとめると、下記のようになります。

自筆証書遺言(+保管制度)が向いている場合

次の場合は、自筆証書遺言が向いているといえるでしょう。

  • 少しでも費用を抑えたい
  • 遺言の存在を相続人へ通知してほしい

このほか、すでに自筆証書遺言を作成しており、法務局での保管の形式的要件を満たしている場合は、保管制度を積極的に利用すべきでしょう。

また、必要書類などの問題から、公正証書遺言を利用できず自筆証書遺言を選択する場合もあるかもしれません。

公正証書遺言が向いている場合

一方、次の場合は、公正証書遺言のほうが向いていると思われます。

  • 遺言書を自分で書くことが負担
  • 管轄の法務局まで赴くことが負担
  • 遺言に記した内容が法的に問題がないか、公証人にチェックしてほしい
  • 遺言が無効とされる可能性を少しでも小さくしたい
  • 死後の相続手続を簡易迅速に行いたい
  • 財産を受け取らない相続人に遺言の内容を知らせたくない

おわりに

私としては、公正証書遺言のほうがややおすすめだと考えています。
ただ、個別の事情や、何を重視されるかによって、どちらも選択の余地はあるでしょう。

一つ言えるのは、どちらの方式でも遺言は作成できるので、方式はともかくとしてまず遺言の作成に着手することが最も重要だということです。

あなたの大切な人のために、あなたが元気なうちに、ぜひ遺言の作成を検討してください。

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