「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」の課題

はじめに

2020年10月に策定された「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」は、成年後見制度の運用について、代行決定ではなく意思決定支援を中心と定める画期的なものです。

裁判所のホームページです。「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」に関する情報を掲載しています。

一方、大きな運用転換を求めるものであり、実際の導入にあたっては様々な課題が予想されます。

ここでは、私見ですが、ガイドラインの運用にあたって今後検討すべき課題を挙げてみます。

※本稿における意見は私個人のものであり、私が所属する団体とは関係がありません。

 

チーム組成に関する問題

意思決定支援は、チームで行うべきものとされています。
ガイドラインでは、チームを編成するにあたり、「本人と利害が明らかに対立する者、本人の意思決定に不当な影響を与える可能性のある者」を参加させることは好ましくないとしています(ガイドライン第3の3(2)②(P8))。
利害関係人がチームに含まれる場合、本人の意思決定を阻害・誘導するおそれがあるため、この点は重要といえます。

一方で、遺産分割協議など、本人にとってのキーパーソンが利害関係人となる場合もあり、対処に悩む場面もありそうです。
本人をよく知る者としてあえてチームに参加してもらう選択肢もあるかもしれませんが、不当な働きかけがないよう十分に留意する必要があります。
一方、利害関係等を理由にチームから外れてもらう場合、その人からの反発も予想されます。

また、施設入所者の場合、後見人以外の支援メンバーが施設関係者で占められることが少なくありません。このようなとき、施設の利害が直接的・間接的にからむ事項について、中立性を保ってどう意思決定支援を行うかが問題となります。
障害福祉における相談支援専門員とサービス提供事業所職員との兼務など、以前より中立性が課題とされてきた論点もあり、今後改めて検討する必要があろうかと思います。

 

情報の取扱い

意思決定支援をチームで行うとすれば、支援の準備のため、本人に関する情報をチーム内で共有する必要があります。この際、後見人が有する情報をチームに提供することについて、プライバシー権・個人情報保護法・守秘義務などの観点から是非を検討する必要があります。

原則としては本人の同意が必要となるでしょう。となると、意思決定支援を行う前提として、情報開示にかかる意思決定支援が必要な場面も考えられます。

遺産分割協議など、事案によっては、支援チームのメンバー選定を含め、慎重な対応が求められるでしょう。

意思決定支援における情報共有のあり方については、水島俊彦弁護士「後見業務における意思決定支援と情報開示のあり方」月報司法書士2020年8月号24頁で詳細に検討されています。

 

善管注意義務との関係

今回のガイドラインにおいては、「見過ごすことができない重大な影響が生じる」場合を除き、原則として本人の決定した意思を実現させることになります。客観的に合理的でなくとも「本人にとって見過ごすことができない重大な影響」に至らない場合は、やはり本人の意思実現を行います。
また、「重大な影響」に該当する等の理由でやむを得ず代行決定を行う場合であっても、本人の意向・感情・価値観を最大限尊重することを前提とし、客観的・社会的利益は重視しないとしています。
このため、意思決定支援または代行決定による法律行為により、経済的な視点では不利益を生じることもあり得ます。

一方、今回のガイドライン導入にあたっては、民法の改正は行われません。つまり、成年後見人が財産の管理について善管注意義務を負うとする従前の規定は維持されます(後見につき民法869条、644条)。

そうすると、意思決定支援・代行決定により本人の経済的利益が損なわれた場合、意思決定支援ガイドラインに沿った後見事務が行われていれば善管注意義務を果たした(または主観的利益を重視して「損害」はなかった)といえるのか、それともガイドライン遵守の有無を問わず損害ありとして責任を問われるのか、という問題が生じます。
ガイドラインの内容はおそらく前者の立場を前提としているものと思われます(そうでなければ、ガイドラインに従ったために善管注意義務違反を問われる可能性があります)が、この点ガイドラインでは言及がありません。意思決定支援と善管注意義務との関係について、何らかの見解を示すべきであったと思います。

 

支援業務の位置づけ、コストの負担(特に後見人以外)

本ガイドラインでは、成年後見人は後見業務の一環として意思決定支援を行うことが明記されました。
一方、意思決定支援に関与する他の福祉職・医療職については、支援にかかる労務をどう位置付けるかという問題が生じえます。

福祉・医療サービスの利用に関わることであれば、ケース会議への出席など、従来の事務と大きく変わらないといえます(それでも医療職の参加については課題もあるようです)。一方、身上面に直接関わらない財産面の事項についても同様に扱うことができるのか、やや気になります。

ただし、国連障害者権利委員会は、障害者権利条約12条3項との関係で、支援は無償または非常に低い金額で利用できなければならない、としています(一般的意見第1号)。

労務や対価をめぐっては、後見申立てにおける「本人情報シート」を導入した際も問題となりました(下記ブログ参照)。本件についても今後議論が起きるかもしれません。

今月から新たに導入された「本人情報シート」について、作成にかかる費用はどのように位置づけられているのでしょうか。 最高裁家庭局が作成した「診断書・本人情報シート作成の手引き」では、 ソーシャルワーカーが自らの業務の一環として「本人情報シート」を作成...

 

財産管理・処分行為にかかる支援のあり方

ここまで述べた論点は、特に身上面に直接関わらない財産管理・処分行為について、問題となることが多そうです。
居住場所の決定など、身上保護面の要素が強い事項については、今回のガイドラインがまさに想定とするところであり、ガイドラインの活用により高い支援効果が期待できます。
一方、身上面の薄い行為(例えば下記の事項)について、今回のガイドラインを適用するにあたっては、悩ましい点がいくつかありそうです。

  • 遺産分割協議について、どう意思決定支援するか?
  • 親族が提案する相続税対策にどう対応するか?
  • 消滅時効が成立しうる債務につき本人が弁済を希望する場合は?
  • 株式の議決権行使は?

今後の議論を期待したいところです。

 

国民一般に受け入れてもらえるか?

また、意思決定支援への転換は、ある種理想的な要素が強いかもしれません。
あくまで個人的な印象ですが、まだ法律・福祉関係者の中だけで盛り上がっている感もあります。専門職後見人はむろん意思決定支援の実現に向け努力すべきですが、親族後見人をはじめとする一般の方にどこまで受け入れていただけるかは、これからの大きな課題です。

例えば、居住用不動産の処分は、これまでも本人の意思は考慮されていましたが、今後は本人が難色を示すようであれば「見過ごすことができない重大な影響」の3要件を満たさない限り、難しくなるのではと思います。
売却を求める親族や近隣住民がいる場合、反発も予想されます。

導入のしかたによっては、かえって「成年後見制度は面倒、使いにくい」との評価が広まり、民事信託等による代用・潜脱が加速する可能性もあります。

 

おわりに

今回のガイドラインは、全体としては利用者の権利擁護に資するものであると思う一方、実務で導入するにあたっては、細かい点について議論すべき点が残されていると思います。

ただし、今回のガイドラインは、「意思決定支援を踏まえた後見事務の実現に向けた一つの出発点にすぎず、完成形ではない」ものです(ガイドライン第1の1(P1))。現場での実践や議論を重ねることで、よりよい形に昇華されることを願います。

本ガイドラインは意思決定支援を踏まえた後見事務の実現に向けた一つの出発点にすぎず、完成形ではない。認知症や精神障害、知的障害、発達障害等の内容や程度には個人差があるが、適切な意思決定支援は本人の権利擁護につながるものであることからすれば、今後、専門職団体における本ガイドラインに基づく意思決定支援の経験の蓄積を経て、本人の属性や特性に応じた更なる深化・発展が期待されるところである。
(意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン(第1の1))