成年後見法改正の論点4 適切な時機に必要な範囲・期間で利用する制度

「適切な時機に必要な範囲・期間で利用する制度」の導入

はじめに

今回の法改正においては、必要とされる部分のみ後見制度を利用し、その事務が終われば制度の利用を終了させる「適切な時機に必要な範囲・期間で利用する制度」の導入が、最重要検討課題となっています。

法務省作成資料「成年後見制度の見直しに向けた検討」より

現行制度の内容と批判

現在の成年後見制度では、包括的な代理権が後見人に与えられる後見類型においては、本人の事理弁識能力の程度のみが問題となり、制度利用の必要性が審査されることはありません。
また、制度を利用する具体的な必要性が事実上なくなった場合であっても、事理弁識能力が回復しない限り、原則として制度の利用を終了させることができません。

個別に代理権が付与される保佐・補助においては、家庭裁判所の審理において必要性を判断する場面もあります(補助における取消権の付与、保佐における追加的取消権の付与も同様)1
また、補助類型の場合、補助人に付与されている代理権・取消権について必要性がなくなった場合、審判を取り消すことも一応可能です。

この制度が硬直的であり利用しにくいとして、見直しを求める声が強く上がっていました。

必要性の要件

改正案では、制度利用の必要性が認められるとき、「特定の法律行為について」保護者に代理権・同意権(取消権)を与える方向で検討されています。

制度利用の必要性については、特定の法律行為についてすることの具体的必要性が存在する必要があるとされます。
ただし、特定の法律行為をする必要があるかどうか自体を家庭裁判所が直接判断するものではなく、開始時点において特定の法律行為をすべきかどうか検討する必要があること(特定の法律行為をすることの適否を判断しなければならない合理的な事情が生じていること)があれば足る、としています。
「特定の法律行為」については、現行法上は、具体的な個別の法律行為の指定(例えば「本人所有の甲不動産の売却」といった指定)のほか、抽象的な法律行為の種類を指定すること(「本人所有の不動産の売却」)も含んでいます。改正案でも、この点は同様と考えられます。

取消権については、「本人が特定の法律行為を将来行う可能性があること、特定の法律行為について取り消すことができるものとする必要があることといった観点を考慮して判断することが考えられる」としています。

判断能力

判断能力については、事理弁識能力が不十分であることが制度利用開始の要件とされているほか、必要性を判断する上でも関係します。

特定の法律行為を本人が自らすることができず、また、第三者に委任することもできないことから法定代理人が必要であることや本人が自らすることはできるが他人の援助を受ける方がよい場合であることといった観点を考慮して判断することが考えられる。

-法制審議会民法(成年後見等関係)部会資料部会資料18-2 13頁

補充性

本人の意思能力に問題がある場合であっても、法定後見以外の方法で本人の課題に対応することができる場合、法定後見の利用を認めないとする考え方(=補充性)があります。

現行法においては、任意後見が法定後見より優先するとされていますが、このほかに補充性についての規定はありません。

この補充性を要件として設けるかどうか、議論があるところですが、現在の案では独立した要件とするのではなく、必要性を判断する際の一要素として整理されています。

期間制度の導入

また、制度利用の必要性をより厳密にチェックするために、期間制度を導入する案も出されています。

制度の利用が想定される/されない例

後見制度の利用が必要な典型例としては、遺産分割不動産取引などが挙げられています。

逆に、必要がないものとして、法制審部会では、日常生活に関する範囲での預貯金取引が代表例としてとりあげられています。

また、施設入所契約について、本人が後見類型相当であっても、家族が代わって行うような場合について、後見制度の利用が不要なものとして考えられているようです2

対して身寄りがない人の場合、施設入所契約は後見人の役割として想定されます。
もっとも施設入所契約などは、売買のような一過性の契約と異なり、契約後に継続的にサービスが提供される関係が続きます。このため、継続的な支払が必要になるほか、適切にサービスを受けられているか、履行状況の確認をどうするかも問題となります。
しかし、これを厳密に考えると、契約が続いている限りはずっと制度の利用が終わらなくなるため、後見人が継続して責任を負うべきでないとの指摘が法制審部会でなされています。後見人は最初に入所契約と口座振替の設定を行い、その後の履行状況の確認は権利擁護支援チームなどが実施する方向性が検討されています。

死後事務については、対応する可能性を認めつつ、行う場面を限定する方向で検討されているようです。
本人が亡くなった場合の火葬など死後事務について、後見人が応急処分義務として対応することがままあります。また民法873条の2において、成年後見人に対して死後事務に関する一定の権限を認めています。
中間試案では、民法873条の2の規定を原則として削除する案が出されています。
また応急処分義務については、預貯金取引や身上保護など、関連する権限を有していなければ、これを認めることは難しいと思われます。


厚生労働省「成年後見制度の見直しに向けた司法と福祉との連携強化等の総合的な権利擁護支援策の充実について」(法制審議会民法(成年後見等関係)部会第10回会議資料)より

規定・解釈に関する論点

法制審部会では、新制度について、複数の案が提示されています。
各案それぞれについても論ずべき点は多々ありますが、ここでは大きな枠組みに関する論点を中心に取り扱います。

法務省作成資料「成年後見制度の見直しに向けた検討」より

本人の判断能力

制度利用の開始にあたって、本人の判断能力をどう考えるかについて、若干の議論があります。

中間試案では、制度利用にあたって、本人の事理弁識能力が不十分であることを開始の要件とする考えが示されています。
これに対して、抽象的・一般的な判断能力の評価は本人に属人的なラベルを貼ることであり、障害者権利条約が批判する「医学モデル」に基づく不平等につながるとの批判も出されています。

これに関連して、制度利用開始の要件として、事理弁識能力(法律行為一般についての抽象的な判断能力)を基準とするのではなく、対象となる特定の法律行為を基準として、本人の判断能力の程度が不十分であることを個別に考慮することを要件とする意見もあります。
ただし、個別の法律行為と具体的に関連付けた形で医師が診断・鑑定をすることは困難であるとの指摘もなされています。

また、後見制度による支援が必要な事情として、精神上の障害だけでなく、身体上の障害を含めるかどうかについても議論があります。

本人の同意と必要性の関係

今回の法改正では、制度の利用において「必要性」の存在を求めるとともに、原則として本人の同意を求めています。
客観的にみて制度による支援の必要性が認められる一方で、本人が利用を拒否する(または有効な同意がない)場合について、どう取り扱うかが問題となります。
中間試案では、開始の場面と終了の場面を分別して、おおむね次のように整理しています。

  • 客観的にみて必要性があるが、本人の同意がない場合
    →原則として制度の利用を認めませんが、一定の場合に例外を設ける案が提示されています。なお、同意/拒否の程度については、複数の案が提示されています。
  • 本人がやめたいと言っても、客観的にみて必要性が残っている場合
    →現在の案では、本人の意向のみをもって制度の利用を終了することはないとしています。

将来ありうる事態についての必要性

身寄りのない方について、現在は差し迫った支援の必要性はないが、急病や転倒などで入院した場合に備えて後見人等をつけておきたい、といった例が実務上は少なからずあります。
このような、「現在は生じていないが将来ありうる事態についての必要性」について認めてしまうと、いつ生じるかわからない可能性のために延々と後見制度を利用することになり、「適切な時機に必要な範囲・期間で利用する制度」の趣旨に反することとなります。
一方、将来ありうる事態についての必要性を認めない場合、実際に入院してから利用開始を申し立てることになりますが、急性期病院の入院期間などからして、まず対応は間に合わないことが予想されます。この場合、後見制度以外で対応する必要があるでしょう。

制度を利用しない場合における法律行為の有効性

今回の法改正では、後見制度を使う場面を限定する一方、意思能力に関する規定には変更を加えないこととなっています。

民法第3条の2 法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。

そうすると、後見制度を「使う必要のないとき」における法律行為の解釈が問題となります。
例えば先に述べた、後見類型相当の本人について親族が施設入所契約を行う場合が典型例です。

後見制度によらず法律行為を行う方法としては、本人が自ら法律行為を行う3か、後見に代替する支援・代理によって行うことが考えられます。

後見によらない代替手段としては、任意後見、任意代理、信託4、福祉による支援、親族による支援・事実上の代理などが挙げられます。

このうち、親族による支援・事実上の代理については、民法上の法的根拠や、濫用のリスクを問う声が強くあります。
現行法の制定時における議論においても、この点が問題とされました。

また,このような類型5を認めることは,その前提として,いわゆる補充性の原則(本人が意思能力を喪失した後も,任意代理人や親族等によって保護を受け,財産管理等に格別の不安がないときは,法定後見制度は発動されないとする原則)を認めることになるが, 果してそれが妥当か,すなわち,この原則に関しては,特に親族等が本人の財産を管理することを正面から認めることになるが,それがいかなる法的根拠に基づくものかが明確にされていない上,現実にも本人の保護が図られるのか疑問であるという意見が出された。

成年後見問題研究会報告書 41頁

2024年2月に取りまとめられた「成年後見制度の在り方に関する研究会報告書」でも、この問題が指摘されています。

親族による委任契約に基づかない支援については、根拠や権限の範囲が不明確であり濫用のリスクも生じやすいこと、飽くまでも事実上のものであり、今後も支援が継続するかについて制度的な担保はないこと、親族による委任契約に基づかない支援があることを理由に、成年後見制度を利用する必要がないものとすることは、親族にとって過度の負担となる場合があるほか、法的な権限を欠く親族による委任契約に基づかない支援を正当化することにつながり得ること等を考慮する必要がある。
(中略)なお、委任契約に基づかない支援については、事務管理法理によって正当化できる場合もあると考えられるが、本研究会では、そのような正当化の限界に関する意見があり、例えば、本人の居住不動産を売却するなどの重要な処分行為について事務管理で正当化することはできないのではないかという観点や、本人の意思に即した管理であることを客観的に担保する手段がないという観点が示された。

-成年後見制度の在り方に関する研究会報告書 54頁

本人とその支援者は法律行為を行うことに問題ないと考えているが、相手方からすると本人の意思能力に疑義があるときの対応も、実務上問題となりそうです。
成年後見制度の在り方に関する研究会では、相手方による合理的配慮の提供等によって解決すべきとの意見が出されています。

この点は、司法書士の登記実務についても大きな問題と考えられます。

運用に関する論点

家庭裁判所の負担

類型化(後見・保佐・補助)を廃止し、必要性を個別に検討する仕組みを導入する場合、これを審理(判断)する家庭裁判所の負担が大きいものとなります。
類型化を採用しない場合における家庭裁判所のキャパシティの限界は、現行制度の導入時から指摘されていた問題でもあります6
審理が長期化し、開始の審判までに時間がかかるのであれば、迅速な支援を行うことが難しくなります。
家庭裁判所の態勢を整えることができるかどうかが大きな課題となりそうです。

預貯金取引に関する代理権がない場合の事務処理

これまでの成年後見実務では、預貯金取引の代理権が付与されるのが通常でした。
これに対し、法改正後は、多くの場合において預貯金取引の代理権を持たないことが予想されます。このときにおいて、各種支援事務にどの程度影響があるのか、あらかじめ検証しておく必要があります。

本人の財産状況の把握、収支計画の作成

預貯金取引に関する権限がない場合、金融機関等に対して照会を行うことが困難になると予想されます。このため、本人の財産や収支の状況について十分把握できないおそれがあります。こうした場合、後見事務の遂行方針や意思決定支援について、限られた情報で判断することになります。

現行法では、後見人等は就任時に本人の財産を調査し、財産目録を作成することとなっています。これに対して中間試案では、財産の調査・目録の作成に関する規定を原則として削除することが提案されています。
他方、後見人が事務遂行に際して財産状況を把握する必要があるときを想定し、家庭裁判所の許可によって調査権限を与えることができる案も提示されています。

行政手続における付随事務

介護や障害福祉に関する申請を行うにあたっては、収入や資産状況を申告したり、情報の提供同意を行う必要があります。
従前は保佐人・補助人であっても広範な代理権が付されるのが通常でしたのであまり意識されませんでしたが、申請にかかる代理権が付与されていれば足るのか、預貯金取引に関する代理権も必要なのか、整理しておく必要があります。

障害福祉サービスの利用申請時に提出する「世帯状況・収入申告書」の例

後見事務報酬の受領

後見事務の報酬は家庭裁判所が決定するところ、現行法上は通常は後見人が預貯金取引に関する代理権を有していますので、後見人自らが出金して報酬を受領しています(利益相反行為としての特別代理人の選任は不要とされています7)。
これに対して、預貯金取引に関する代理権がない場合、報酬の支払いは本人等から行ってもらうか、特別代理人を選任して行う必要がありそうです。

必要性終了の判断方法

改正案では、必要性がなくなった場合、後見を終了させるとしています。

一過性の対象事務(例えば、遺産分割など)が完了した場合、必要性がなくなったのは明らかです。これに対して、継続的な事務について、その必要性がなくなったと関係者が主張する場合、これについて家庭裁判所が適切に判断できるのかといった問題が考えられます。

後見終了時の事務処理のあり方

後見事務を終了させる際、管理計算の報告や、預かり財産の引渡しを誰に対して行うかといった問題があります。
特に財産引渡しについては、後見終了後に適切な財産管理・身上保護がなされるか(それについて後見人が判断する必要があるか)が気になるところです。
法制審部会では、後見を終了させる前に、後見人が日常生活自立支援事業や後見制度支援信託・支援預貯金などについて代理して契約し、本人の財産管理体制を整備した後に後見を終了させる、といった構想も一部の委員から提示されています。
しかしこれに対しては、後見の終了後における財産管理のあり方に介入することは後見人の本来の権限を逸脱している、開始の時点で必要性の要件を導入した意義が損なわれる、などといった批判が出されています。

後見終了後の支援の受け皿

福祉的な視点からも、後見終了後の支援の受け皿が問題となります。

厚生労働省の成年後見制度利用促進専門家会議では、「持続可能な権利擁護支援モデル」として、意思決定サポーター制度の構築を提唱しています。

豊田市地域生活意思決定支援事業のスキーム図豊田市地域生活意思決定支援事業のスキーム図(豊田市作成資料8より)

一方、同じ厚労省に設置された「地域共生社会の在り方検討会議」では、全く新しい仕組みを一から制度化するのは現実的ではないなどとして、日常生活自立支援事業を拡充・発展させることによる対応を提言しています。

「地域共生社会の在り方検討会議」第9回資料より

他方で、政府が2024年12月に策定した認知症施策推進基本計画では、民間の高齢者等終身サポート事業に言及しているほか、厚労省が2024年度から実施している新たなモデル事業でも、民間事業者の活用が想定されています。

厚生労働省社会・援護局 令和6年度予算(案)の概要参考資料より

このように、後見終了後の支援の受け皿については、いまだ議論の方向性が定まっていないように見えます。

本来であれば、こうした福祉的な制度を整備してから民法改正に着手すべきであったと思われますが、見切り発車の感が否めません。

今後、受け皿を十分に整備できない自治体においては、民間の財産管理等サービスの利用を強要されるおそれもあります。
これまでも、群馬県桐生市などで、類似の問題が観測されています。

「言われるがまま」 生活保護費を民間団体が管理 通帳も印鑑も:朝日新聞
 生活保護利用者が10年間で半減した群馬県桐生市では、利用者の生活保護費の金銭管理を、第三者の民間団体が行っているケースが数多くあった。 「桐生市生活保護違法事件全国調査団」の公開質問に市が回答したデ…

受け皿の問題については、以前に別稿でも触れていますので、ご参照ください。

成年後見法改正の論点2 担うべき役割

報酬に関する問題

適切な時機に必要な範囲・期間で利用する制度の導入にあたっては、報酬についても関連する問題があります。

現在の制度においては、原則として期間に応じて報酬基準が設定されています(特別の事務に対しては、付加報酬が与えられます)。
これに対して、新制度においては、その性質上、個別事務ごとの基準が好ましいようにも思われます。

報酬額が高すぎれば、制度が使いにくいとの批判が予想されます。
他方、後見の報酬が任意で依頼するよりも低いことになれば、金銭的な理由での乱用も懸念されます。

なお、報酬額の具体的な算定基準を法令で定める考え方もありますが、法制審部会ではこの考え方を採用していません。

また、報酬体系が大きく変わる場合、自治体の報酬助成のあり方も再考する必要があるかもしれません。

このほか、報酬に関しては様々な論点があります。

注釈

  1. 小林昭彦・大門匡編著『新成年後見制度の解説』(金融財政事情研究会、2000年)56頁、成年後見制度の在り方に関する研究会報告書49頁
  2. 山野目章夫、川端伸子、西川浩之、星野美子、山城一真「成年後見制度改革の動向」ジュリスト2024年5月号19頁
  3. この場合、意思能力と意思決定能力の差異や、意思決定支援のあり方などが重要な問題となりますが、本稿では深入りを避けます。
  4. 民事信託については、2025年6月13日閣議決定された規制改革実施計画において、実施事項の一つに「超高齢社会に対応した親族間での信託の活用による柔軟な財産管理の推進」が挙げられています。
  5. 個別の法律行為についてのみ代理権を付与する類型を指している。
  6. 成年後見問題研究会報告書33頁。これらの問題を理由として、一元的制度の導入が見送られた。
  7. 松原正明・浦木厚利編著『実務成年後見法』(勁草書房、2020年)143頁
  8. 愛知県豊田市報告資料「豊田市地域生活意思決定支援事業の試行について」(2023年1月16日付、成年後見制度利用促進専門家会議第1回総合的な権利擁護支援策の検討ワーキング・グループ)より(https://www.mhlw.go.jp/content/12000000/001112285.pdf

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