「親心後見」スキームに対する当事務所の見解と方針
目次
はじめに
障害のある未成年の子について、親が自らを任意後見人(受任者)とする任意後見契約を結び、子の成人後も親による財産管理権を継続させる手法が一部で提唱されています。
提唱者による命名から、「親心後見」、あるいは親心後見スキームと呼ばれています。
「親心後見」は(一社)日本相続知財センター本部・(一社)実家信託協会の登録商標です。
障害のあるお子様のご家族様から、親心後見スキームについてのご相談をいただくことがございます。
しかし当該スキームについては後述のとおり、法的な疑義、各種リスク、権利擁護支援の観点からの課題が存在します。このため、当事務所では当該スキームに基づく任意後見契約の支援業務を原則としてお断りしております。
親心後見スキームの概要
成年後見制度の概要
親心後見のスキームを解説する前に、成年後見制度について簡単にご説明します。
成年後見制度は、本人の判断能力が不十分な場合において、後見人が財産管理や各種法律行為を代わりに行う制度です。
成年後見制度は、法定後見と任意後見の2つがあります。
法定後見は、現在すでに判断能力が不十分な方について、今すぐ後見人による支援を始める制度です。
任意後見は、原則として現在は十分な判断能力を有する人が、将来の低下に備えてあらかじめ準備しておく制度です。
任意後見を利用するには、本人が任意後見受任者との間で任意後見契約を結びます。
任意後見契約の詳しい解説は、下記記事をご覧ください。
未成年の子に障害があって判断能力に不安がある場合、通常は成人後に(必要に応じて)法定後見制度を利用することが想定されています。
一方で、あえて任意後見制度を選ぶため、親が未成年の子を代理して任意後見契約を結ぶ手法もありえます。
※ただし、任意後見契約の締結代理が法律上可能かどうか、解釈に争いがあります。立法担当者は可能としています。
※代理ではなく、子が自らの意思で任意後見契約を結び、親権者が同意することも考えられます。
親心後見スキーム
親心後見スキームはこれを応用し、親が自らを任意後見人(受任者)とし、一方で委任者である子を代理して、任意後見契約を結ぶ手法です。
親権者自身が子との間で契約を結ぶのは利益相反行為となるため、家庭裁判所で特別代理人を選任してもらう必要があります(民法826条1項)。
※以前の公証実務では、特別代理人の選任を不要として契約がなされていた例もありますが、法務省は現在このような取扱いを認めていません。
親心後見スキームの問題点
この手法を用いることで、子の成人によって親権が消滅した後も、親は任意後見人として代理権を確保することができます。
このため、成人後の親による財産管理、「親なき子」対策として注目されています。
一方、親心後見のスキームをめぐっては、次の懸念があります。
- そもそも本人以外の者(特に親権者)が法定代理人として任意後見契約を結べるかどうか、学説上争いがあります(利益相反以前の問題として)。
立法担当者は代理が可能と説明しています(このため、通常は公証役場で対応可能です)が、反対説も有力です。 - 仮に代理による契約が法律上可能であるとしても、任意後見は本来自身が契約することを想定しています。このため、これを代理することは、たとえ本人に障害があったとしても、自己決定権を侵害し、本人を不当に拘束するものとして強い批判もあります。
- 本来、任意後見制度は、ご本人が元気なうちに契約を結び、その後判断能力が低下すれば速やかに契約を発効(開始)することが想定されています。
※既に判断能力が不十分な状態で契約し、直ちに契約を発効させる形態もあります。「即効型」と呼ばれるものですが、この手法については賛否両論あります。
一方、親心後見のスキームでは、受任者である親が契約の発効時期を任意に定められるとしています。
しかし、本人の判断能力低下にもかかわらず受任者が契約を発効させないことは、国の成年後見制度利用促進基本計画や有識者研究会においても問題視されています。本来の制度の趣旨からは外れており、場合によっては権利侵害を疑われて自治体等の介入を受ける可能性も否定できません。また法的にも若干の疑義があります。
なお、この点については法改正が検討されており、将来は契約の発効が義務づけられる可能性もあります。 - 契約締結のため選任された特別代理人は、契約内容につき善管注意義務を負うと考えられます。
締結した任意後見契約をめぐって将来トラブルが起きたとき、特別代理人は責任を追及される可能性もあります。 - 親が子の後見人を務める場合、親の高齢・死亡時にどう引継ぎを行うかが課題となります。
この点、任意後見は、法定後見と比べて後見人の引継(リレー)に柔軟性を欠くきらいがあります(多くの場合、法定後見開始の審判を経る必要があります)。- 親心後見の提唱者は、任意後見人となる親に、新たな任意後見契約締結の代理権を与える手法を推奨しています。しかしこのような代理権設定は法的に疑義があります。また後述するように、法改正により任意後見契約の代理締結が明文で規制される可能性があります。
- 上記のほか、法定後見や他の支援制度と比べて、任意後見の活用が必ずしも有利とはいえない場合もあります。
まとめ
親心後見については、それを活用したいという当事者の方々の思いは理解できる一方、そのスキームは法令、制度趣旨、運用実態の理解が不十分なまま推進されており、利用にあたっては多くのリスクをはらんでいます。
現在、成年後見関係法制の改正が議論されているところ、任意後見契約の代理締結が問題視されており、今後明文で禁止される可能性もあります。
こうしたことから、当事務所では、当該スキームに基づくご依頼は原則としてお断りしております。ご理解賜れば幸いです。
なお、法定後見、民事信託、その他各種の支援制度の活用が有用な場合もございます。お気軽にご相談ください。