成年後見法改正の論点3 障害者権利条約との関係

はじめに

成年後見制度のあり方を考えるにあたっては、障害者権利条約との関係が問題となります。

条約12条は法律の前にひとしく認められる権利をうたっているところ、日本の現行の成年後見制度はこれに抵触する可能性が指摘されています。
条約12条について、国連の障害者権利委員会は極めて厳格な解釈(代行決定の全面禁止説)を示しており、これに従うのであれば難しい対応を迫られることになります。
一方で、委員会と締約国一般とで条約の解釈が異なっていることに注意が必要です。

条約と国内法との関係

最初に、条約と国内法との関係について、簡単に整理しておきます。様々な議論がありますが、一般的には次のように理解されます。

条約は、憲法よりは下位、かつ法律よりは上位にあると考えられています。

そうすると、条約に違反する法律は無効になるのではないか、とも思われます。
裁判所が国内の法律について条約に適合するか審査し、違反する場合は当該規定を排除する手段は「条約の直接適用」といわれます。
しかし、裁判例の多くは、人権条約については直接適用を行わず、条約を法令の解釈指針として用いるにとどめる形をとっています(間接適用)1

障害者権利条約

障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)は、あらゆる障害者の尊厳と権利を保障するために結ばれた多国間条約です。

条約は2006年に国連総会本会議で採択され、2008年に発効しました。
日本は2014年にこの条約を批准しています(署名は2007年)。

内容は多岐にわたりますが、成年後見制度との関係では第12条が重要になります。

障害者権利条約 第12条(法律の前にひとしく認められる権利)

1 締約国は、障害者が全ての場所において法律の前に人として認められる権利を有することを再確認する。
2 締約国は、障害者が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有することを認める。
3 締約国は、障害者がその法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用する機会を提供するための適当な措置をとる。
4 締約国は、法的能力の行使に関連する全ての措置において、濫用を防止するための適当かつ効果的な保障を国際人権法に従って定めることを確保する。当該保障は、法的能力の行使に関連する措置が、障害者の権利、意思及び選好を尊重すること、利益相反を生じさせず、及び不当な影響を及ぼさないこと、障害者の状況に応じ、かつ、適合すること、可能な限り短い期間に適用されること並びに権限のある、独立の、かつ、公平な当局又は司法機関による定期的な審査の対象となることを確保するものとする。当該保障は、当該措置が障害者の権利及び利益に及ぼす影響の程度に応じたものとする。
5 締約国は、この条の規定に従うことを条件として、障害者が財産を所有し、又は相続し、自己の会計を管理し、及び銀行貸付け、抵当その他の形態の金融上の信用を利用する均等な機会を有することについての平等の権利を確保するための全ての適当かつ効果的な措置をとるものとし、障害者がその財産を恣意的に奪われないことを確保する。

(日本語訳は日本政府公定訳より)

大きなところとしては、「法的能力の享有」と「法的能力の行使にあたっての意思決定支援」が挙げられます。

ただ、条文の解釈をめぐっては、いくつか議論がなされています。主な点は次の2つです。

  • 「法的能力」は、権利能力(法律上の権利義務の主体となりうる資格)を指すのか、行為能力(単独で制限なく有効に法律行為を行える能力)を指すのか2
  • 代行意思決定のしくみを全面的に禁止しているか、許容しているか

※障害者権利条約の履行に関する大きな論点として、法的能力のほかに、脱施設化とインクルーシブ教育が挙げられます。脱施設化については後述します。

国連障害者権利委員会の見解

国連の障害者権利委員会は、「法的能力」は行為能力を含んだものという理解の上で、この条約は成年後見制度を含む一切の代行決定を禁止し、本人自身による意思決定を支援する制度への全面的な転換を求めたものとしています。

障害者権利委員会は12条の解釈として、2014年に「一般的意見第1号」を公表しています。

ただし、一般的意見は成年後見制度の全面廃止を求めていないとする説もあります3

国連障害者権利委員会は、日本の法制度などを審査し、2022年に、日本に対して勧告を含めた総括所見を公表しました。
この中でも日本の成年後見制度については厳しい見解が下されています。

障害者権利委員会の総括所見

  1. 委員会は、以下を懸念する。

(a) 意思決定能力の評価に基づき、障害者、特に精神障害者、知的障害者の法的能力の制限を許容すること、並びに、民法の下での意思決定を代行する制度を永続することによって、障害者が法律の前にひとしく認められる権利を否定する法規定。
(b) 2022年3月に閣議決定された、第二期成年後見制度利用促進基本計画
(c) 2017年の障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドラインにおける「the best interest of a person(本人の最善の利益)」という言葉の使用。

  1. 一般的意見第1号(2014年)法の前にひとしく認められることを想起しつつ、委員会は、以下を締約国に勧告する。

(a) 意思決定を代行する制度を廃止する観点から、全ての差別的な法規定及び政策を廃止し、全ての障害者が、法の前にひとしく認められる権利を保障するために民法を改正すること。
(b) 必要としうる支援の段階や様式にかかわらず、全ての障害者の自主性、意思及び選好を尊重する支援を受けて意思決定をする仕組みを設置すること。

(日本語訳は法制審議会民法(成年後見等関係)部会資料1より)

日本の第1回政府報告に関する総括所見(外務省仮訳)

締約国の理解

しかし、国連障害者権利委員会の解釈は、条約の立法者である締約国の理解からかけ離れたものであると指摘されています。
一般の締約国は、代行決定も一定の条件下では許容されるという解釈のもと、条約を締結したと理解されています4

これに対して国連障害者権利委員会は、締約国の「誤解」と「理解不足」によるものであると断じ(一般的意見第1号パラグラフ3)、締約国による留保や解釈宣言も認めていません。

これにより、条約締約国のほとんどが条約違反とみなされる異常な状態に陥っています。
具体的には、2018年5月時点で、障害者権利委員会が総括所見を公表している68の国・地域の全てが条約違反とされています5

日本政府の見解

日本政府は、「法的能力」を権利能力と解した上で、成年後見人等に本人意思尊重の義務が課されていることなどから、現行の成年後見制度は障害者権利条約に違反しないとの立場をとります6

一方で日本政府は、障害者権利委員会との建設的対話において、行為能力制限の撤廃の可能性も含めて成年後見制度の包括的な見直しを行っている旨回答しています7

これに関連して、現行の成年後見制度において意思決定支援が十分に行われていないのは、制度自体の問題ではなく、実務における運用上の問題8、さらには個々の成年後見人の資質の問題であるとの主張が一部でなされています。

しかし、制度自体が本人保護を重視した設計であることは否定できず、少なくとも現在の後見類型については条約との整合性について問題を抱えているといわざるをえません9

障害者政策委員会の見解

障害者政策委員会は、日本における障害者基本計画の実施状況について監視や勧告を行うため、内閣府に設けられた機関です。

障害者政策委員会 - 内閣府
障害者施策を担当している内閣府政策統括官(共生・共助担当)の施策を掲載。

国連障害者権利委員会による対日審査が行われるにあたって、日本政府が報告書を提出する際、障害者政策委員会は独立して見解をとりまとめました。(https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/seisaku_iinkai/k_66/pdf/s7.pdf
その中で、成年後見制度について、次のような指摘を行っています。

意思決定の支援及び法的能力の行使を支援する社会的枠組みの構築が急務である。また、成年後見制度のうち、特に代行型の枠組みである後見類型の運用に当たっては、最良の支援を提供しても、なお法的能力の行使が困難な場合に本人の権利と利益を守るための最終手段として利用されるべきものであり、かつ、代理人が本人に代わって意思決定をする場合にも、法の趣旨に則り、できる限り本人の意思を尊重するよう制度運用の改善を図る必要がある。

代行決定を最終手段として認めつつ、意思決定支援を基調とする制度づくりを求めているといえます。

この指摘は日本政府の報告書にも付記されています。

在り方研究会の見解

「成年後見制度の在り方に関する研究会」は、成年後見制度に関する民法改正を議論するために法制審議会に先立って開かれたもので、2024年には議論を取りまとめた報告書が作成されました。

公益社団法人 商事法務研究会 | 成年後見制度の在り方に関する研究会
当会(公益社団法人 商事法務研究会)は経済活動に係る法制度に関する調査研究・法律知識の普及・啓発活動を行い経済の健全な発展に貢献することを目的としています。

この研究会において、条約と成年後見制度との関係についても、障害者権利委員会の元委員に対するヒアリングを行う(後述)など、若干の検討がなされています。
ただ踏み込んだ議論には至らず、報告書では、条約第12条が「成年後見制度との関連において重要な規定とされている」こと、障害者権利委員会が代行決定の全面廃止を求めており、日本に対する総括所見が出されたことなどは記されているものの、条約第12条の解釈等については判断を避ける形となっています。そのうえで、一定の条件の下では、代行決定や本人の同意によらない制度利用もやむを得ないとする委員意見が紹介されています。

が、国連委員会の解釈を採用しつつ違反状態も「やむを得ない」とするのか、委員会の出す意見は理念にとどまるものと整理するのか、それとも委員会の見解にそもそも疑義があるのか…このあたりの問題が論点として整理しきれないまま、法改正議論の場が法制審議会に移ってしまっています。個人的には、もう一歩踏み込んで議論してほしかったところです。

おわりに

条約と成年後見制度との関係をどう解釈するか、具体的には代行決定や行為能力の制限が条約において許容される余地があるか(あるとすればどの程度なのか)。これは新しい成年後見制度を設計するにあたって決定的な要素です。
また、議論において忘れられがちですが、条約12条5項は「障害者がその財産を恣意的に奪われないことを確保する」ことを求めています。このセーフガードをどう確保するのか、また意思決定支援とのバランスをどうとるのかも重要な問題です。
これから法制審議会でどのように整理されるのか、また国会審議でどのように取り扱われるか、注目されます。

国連障害者権利委員会の見解とその課題について、第6回在り方研究会における石川准氏の発言が示唆に富むと思われますので、本記事の最後にご紹介いたします。
石川氏は内閣府障害者政策委員会の委員長ですが、2017~2020年には国連障害者権利委員会の委員を務めておられ、立場の違いによる受け止め方の差についても率直にお話しいただいています。

悩ましさについてですが、補助でいける人は行為能力を制限する必要はそもそもなく、支援付き自己決定でいけるだろうけれども、どうしても話を聞いてくれない人への支援はどうしたらいいのか、身上監護や財産管理はどうするのかについて、必ずしも明快な答えは出せないのではないかという疑問は残るかと思います。支援者が本人との間に、対話や協力、信頼関係がつくれない場合は、放っておくということで仕方がないことになるのかという問題もあります。また、本人が述べることが最善の利益はおろか、最善の解釈とも異なると考えられる場合があるのではないか。公言していることは、本当に望んでいることなのだろうかという感覚を支援者が持ったときにどうすることが期待されるのか。それはやむを得ないとして、原理原則である行為能力を制限してはならないといった点を押していくのか、どうするのか。これはかなり根源的な課題として、悩ましさとしてあるのではないかとも思います。

第6回成年後見制度の在り方に関する研究会議事録 石川准参考人発言より

国連障害者権利委員会の条約解釈に関する補足

脱施設化

障害者権利条約をめぐっては、主に第14条(身体の自由及び安全)に関連して「脱施設化」が問題となります。

日本で脱施設化というと、精神科病院の非自発的入院(強制入院)を思い浮かべる人が多いようです。
確かにそれも大きな問題ですが、国連の障害者権利委員会が廃止を求める「施設」の範囲は老人ホームやグループホームなどを含む広範なものです。

委員会は2022年に「緊急時を含む脱施設化に関するガイドライン」を採択・公表し、締約国に履行を求めていますが、これらの施設を即時に廃止し、本人による希望や選択も認めないという苛烈な要求となっています。

国連障害者権利委員会の脱施設化ガイドライン|大和田健介
はじめに 新しい成年後見制度を検討するにあたって、日本が批准している障害者権利条約との適合性が問題となる。 というのは、国連障害者権利委員会は、条約の解釈として、代行決定の全面的な廃止と支援付き意思決定への全面移行を求めているからである。 一方、障害者権利条約の履行・適合を考えるうえで重要な課題として「脱施設化」がある。 「脱施設化」というと、精神科病院への非自発的入院の廃止(または自発的入院を含んだ廃止)を指すと認識している人が多いように思われる。もちろん、これも重要な要素だが、脱施設化の射...

こうした施策をどのように実施するのか(できるのか)、そもそも委員会の見解は条約解釈として適当なものなのか、問われるところです。

mental capacityの訳

一般的意見第1号において、「法的能力」と比較する形で「mental capacity」という言葉が用いられています。

一般的意見第1号では、mental capacityは個人の意思決定スキルを指し、人によって異なり、同一人でも環境要因や社会的要因などによって変化する可能性があるものとされています(パラグラフ13)。そのうえで、mental capacityと「法的能力」を区別するよう求めています。

この「mental capacity」について、日本語訳は「意思決定能力」の語があてられることが多いようです10。ただし、「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」における意思決定能力の定義11を前提としたものでない(必ずしも一致しない)ことに注意が必要です12

他方、「判断能力」と訳される例がある13ほか、民法における事理弁識能力と同一視する見解14もあります。

なお障害者権利委員会は、mental capacityの概念自体に疑義を呈しています15

親族による事実上の支援・代行

条約において一切の代行決定が禁じられると解した場合、親族による事実上の代行・支援がこれに含まれるかが問題となります。
障害者権利委員会は明示的に解釈を示していませんが、「事実上の後見制度」についても廃止を求めていることから、親族による代行も対象に含めるとする説があります16

注釈

  1. 新井誠ほか著『憲法II 人権(第2版)』(日本評論社、2021年)5頁〔曽我部真裕〕
  2. 条約制定時において各国の間で権利能力説と行為能力説が対立し、明文化せず決着が図られた経緯があります。
    長瀬修ほか編『障害者権利条約の実施 批准後の日本の課題』(信山社、2018年)196頁〔上山泰〕、川島聡「障害者権利条約12条にみるパラダイム転換」ジュリスト2024年5月号54頁
  3. 清水恵介「障害者権利条約からみた日本の成年後見制度の課題」実践成年後見61号(2016年)73頁。一般的意見の解釈については前掲・川島ジュリスト53頁~も参照。
  4. 川島聡「障害者権利条約12条解釈に関する一考察」実践成年後見51号(2014年)75頁、
    川島聡「障害者権利条約12条と第1回対日審査」実践成年後見103号(2023年)33頁、
    前掲・長瀬ほか編『障害者権利条約の実施』196頁〔上山泰〕、
    長瀬修ほか編『障害者権利条約の初回対日審査――総括所見の分析』(法律文化社、2024年)141頁〔新井誠〕
  5. 前掲・長瀬ほか編『障害者権利条約の実施』204頁〔上山泰〕
  6. 障害者の権利に関する条約第1回日本政府報告
    第198回国会参議院内閣委員会会議録第22号(令和元年6月6日)5頁(筒井健夫政府参考人発言)、
    古川真良「成年後見制度に関する障害者権利条約に基づく審査の経過」実践成年後見103号26頁
  7. 前掲・古谷27頁
  8. 成年後見制度基本計画(第一期)2頁、
    意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン1頁など参照
  9. 赤沼康弘「現行法定後見における3類型の限界と解消策」岡伸浩ほか編『高齢社会における民法・信託法の展開』(日本評論社、2021年)423頁、
    前掲・川島実践成年後見51号77頁、
    前掲・長瀬ほか編『障害者権利条約の初回対日審査』〔新井誠〕143頁など
  10. 日本障害者リハビリテーション協会による一般的意見第1号仮訳、前掲・長瀬ほか編『障害者権利条約の実施』198頁〔上山泰〕、前掲・川島ジュリスト54頁など
  11. ガイドラインでは「支援を受けて自らの意思を自分で決定することのできる能力」と定義。
  12. 用語の解釈および日本語訳については、前掲・古谷25頁も参照。
  13. 橋本有生「法定後見をめぐる比較法的研究 障害者権利条約12条に関する議論を中心として」二宮周平編集代表『現代家族法講座 第4巻 後見・扶養』(日本評論社、2020年)90頁
  14. 成年後見制度の在り方に関する研究会第22回議事録1頁参照
  15. 一般的意見第1号パラグラフ14等
  16. 成年後見制度の在り方に関する研究会報告書54頁

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