成年後見法改正の論点2 担うべき役割
目次
はじめに
前回の記事では、成年後見制度が掲げるべき理念について検討を行いました。
法制度を考える上において、理念の議論は非常に重要です。
一方で、もう少し現実的な視点――制度が現実にどのような課題に対処する必要があるかについても、欠かすことのできない重要な議論です。
何について成年後見制度が支援を担い、何を対象としないかが問題となります。
成年後見制度の役割とするのであれば、その支援が法的根拠を有し、かつ現実的に可能な制度にしなければなりません。
一方、役割から外すのであれば、代替手段の存在があるかどうかが問われます。
本稿の記述は私見に基づくものです。また、在り方研究会の議論を網羅したものではありません。
現行制度における成年後見人の業務
概説
最初に、現在成年後見制度が担っている役割について、簡単に確認しておきます。
成年後見制度は一般に、「判断能力が不十分な方々を、法律面や生活面で保護・支援する制度」と説明されます。
成年後見人等が、財産の管理や契約の締結などを、代理人として本人に代わって行います。
成年後見人の業務は、財産管理と身上監護(身上保護)に大別することができます1。
具体的には下の図やリンク先を参照ください。
直接の介護等の事実行為や、養子縁組・遺言等の身分行為等は、職務に含まれないとされています。
成年後見人の主な仕事(筆者作成)
現実に担っているとされる役割
「成年後見制度の在り方に関する研究会報告書」では、成年後見人等が現実に担っている主な役割の例として、次のものを挙げています。
(ア) 財産管理の側面が強い場面での役割
-
- 財産の処分
(例:不動産、有価証券等の売買、登記手続等) - 財産の管理
(例:預貯金等の管理、払戻し及び解約、保険金の受取、不動産の賃貸及び修繕、破産手続開始の申立て等 - 扶養に関する行為
(例:養育費の支払等) - 相続に関する行為
(例:遺産分割、相続放棄等) - 日常生活に関する行為
(例:食料品等の購入、公共料金の支払等)
- 財産の処分
(イ)身上保護の側面が強い場面での役割
-
- 契約の締結
(例:介護契約、住居に関する契約、施設入所契約、医療契約及び入院契約、教育に関する契約、リハビリに関する契約、携帯電話の使用に関する契約、旅行契約等) - 相手方の履行の確保
(例:施設内の処遇の監視等) - 費用の支払
(例:介護サービス費用の支払、住居の賃料の支払、医療施設利用料等の支払、携帯料金及び旅行代金の支払等。介護及び生活維持のための社会保障給付の利用を含む。) - 契約の解除
(例:住居の賃貸借契約の解除、施設の退所等)
- 契約の締結
(ウ)行政手続等
-
- 介護保険制度の申請等
- 障害福祉サービス制度の申請等
- 医療保険制度の申請等
- 各種障害者手帳の申請等
- 国民年金、厚生年金等の申請等
- 生活保護制度の申請等
- 雇用保険、労災保険等の申請等
- 公租公課の申請等及び納付
(エ)訴訟手続等
食料品の購入といった事実行為に類するものを成年後見人の役割として挙げてよいかどうか等、いくつか論点はあるものの、おおむね現状を表しているといってよいでしょう。
在り方研究会が想定する役割
そのうえで在り方研究会は報告書において、成年後見人等が特に必要となる主要な場面や役割として、次の4つを例示しています。
- 施設入所契約、遺産分割、不動産売買等の日常生活の範囲を超えた法律行為を代理する場面
- 同居者や入所施設の職員等による権利侵害及び消費者被害等の不当な干渉からの権利回復のために対応を要する場面
- 本人の生活や財産管理を巡って親族間紛争が生じている場面
- 本人の判断能力の低下等により第三者による継続的な財産管理を要する場面
ただし、4については、後見制度の利用期間を限定しようとする立場から異論が出されています(後述)。
また、2・3についても、後見人への権限付与の範囲に関して議論があり、報告書は両論併記の形をとっています。
報告書では、法定後見制度が担うべき役割について、18~24ページで言及しています。
総論
想定すべき利用者層
※在り方研究会報告書24頁以降で述べられている「成年後見制度の対象者」は判断能力に関する要件の議論であり、ここでは取り扱いません。
成年後見制度の利用者は多種多様です。
たとえば障害の種別(判断能力低下の原因)をあげてみても、認知症、知的障害、精神障害、遷延性意識障害などがあり、それぞれ特性や環境が大きく異なります。
このため、利用ニーズを一律に論じることが難しく、それぞれの利用者層が抱える課題を抽出する必要があります。
なお、「利用者」とは成年後見制度が適用される本人を指すのか、それとも本人の家族や親族を含んだものかという議論があります。
成年後見制度利用促進基本計画は「利用者がメリットを実感できる制度・運用」を目標に掲げていますが、「利用者」と「本人」の語を区別して用いるなど、利用者の定義にあいまいさを残しています。これに対しては、本人の権利擁護を中心に据えるべきといった批判があります2。
いくつかの分け方のうち重要なものとして、親族・家族の関与の有無があります。
「本人に身近な家族・親族がいる層」と、「親族の関与が難しい層」の違いです。
もちろん、きれいに二分できるわけではなく、例えば高齢の親が障害のある子の将来のために後見を利用するケースなど、中間的な事案も多く存在します。
しかし、この親族・家族の関与の有無で、成年後見制度の利用ニーズは大きく変わってきます。
今回の法改正の理由として一番に挙げられるものが、「一度後見人がついたら利用をやめられず、使い勝手が悪い」というものです。
端的かつ説得力がある批判ですが、これは身近な家族・親族がいる利用者を前提とした視点でもあります3。
一方、近年の統計では、申立て時において親族が成年後見人等になることを希望しない事案が8割近く、申立て自体を親族以外の者が行う事案は5割近くとなる4等、親族の関与が薄いとみられる利用者層が多くを占めるようになってきています。
必ずしもこれら全てで身寄りがないとはいえず、また「使い勝手」が向上することで身近に家族・親族がいる方の制度利用割合が増える可能性もあります。とはいえ、現状では身寄りがない・親族による支援が期待できない方々が利用者のかなりの割合を占めているといえるでしょう。
そういった方々やその支援者にとって、制度の「使い勝手」が良くなるのかどうかという視点も必要です。
成年後見制度に代わる受け皿の問題
身寄りがない人の支援に関して特に問題となるのが、成年後見制度以外の「受け皿」の存在です。
成年後見制度を当事者にとって必要と感じるときだけ利用できるようにした場合、身近な家族にとっては外部専門家の関与を最小限に抑えられ、あとは自分たちが世話できることになります。
半面、頼れる親族がいない事案では、後見の利用が限定される分、他の誰かが世話を「引き受けないといけない」ことになります。
受け皿については、様々な議論が進められています。
成年後見制度利用促進専門家会議などは、「持続可能な権利擁護支援」の仕組みとして意思決定サポーター構想を提唱しています。愛知県豊田市などで厚生労働省のモデル事業が進められています。
手厚い支援が期待できますが、大がかりな仕組みであるため多くの予算・人材を投入する必要があり、実行できる自治体は限られるかもしれません。
また、現状では金融機関等の民間事業者との提携などに課題がみられます。
これらの問題から、全国的な導入については疑問符がつくところです。
意思決定サポーター(権利擁護支援モデル事業)の説明図(厚生労働省作成資料5より)
豊田市地域生活意思決定支援事業のスキーム図(豊田市作成資料6より)
一方で、民間事業者7の活用を求める意見もあります。
成年後見制度利用促進専門家会議委員(総合的な権利擁護支援策の検討WG主査)で、成年後見制度の在り方に関する研究会座長でもある山野目章夫氏(早稲田大学大学院教授)などは、民間事業者の参入を強く主張しています8。
政府は、身元保証や死後事務等の「高齢者等終身サポート事業」について、ガイドライン案9を作成し、事業者の適正な事業運営を確保するとともにその活用を図っています。
権利擁護支援においてこうした民間事業者をどう位置づけるべきなのか、今後の議論が注目されます10。
代替の公的福祉制度を整備できるのか、民間事業者との契約にシフトさせるのか、あるいは縁遠い親族であっても関与を要求するのか。
政策的な問題であるため法制審議会での検討には限界があると思われますが、ここを整備しないまま話を進めてしまうと、自治体職員やケアマネジャーによるシャドウワークの問題11がさらに深刻化することになるため、極めて重要な論点です。
地域福祉における成年後見制度の位置付け
第二期成年後見制度利用促進基本計画は地域共生社会の実現を目的に掲げており、成年後見制度は地域福祉の役割を担うことが期待されています12。
包括的・多層的な支援を図るため、従来の保健・医療・福祉の連携に司法を加えた13権利擁護支援の地域連携ネットワークを構築することとなっています。
一方、「従来の保健・医療・福祉の連携」の代表的なものとして、地域包括ケアシステムがあります。
地域包括ケアシステムは2005年頃に打ち出された概念で、高齢者が住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けられるよう、医療・介護・生活支援等を一体的・包括的に提供し、権利擁護を行うものです14。
政府は、2025年をめどに、この地域包括ケアシステムを整備するとしています。
ところが、この地域包括ケアシステムの整備にあたっては、多くの困難が指摘されており、実現可能性を危ぶむ意見もあります。
医療・介護両制度の谷間、地域における支援体制の未整備、本人の財産些少などの理由により、成年後見業務においても、本来の職務範囲外である事実行為などを行わざるを得ないことがしばしばあります。
成年後見制度が地域における包括的な支援を深化・発展させるというより、逆に既存の体制不備の「穴埋め」をさせられているのではないかとの懸念もあります。
第二期成年後見制度利用促進基本計画で示されている「包括的・多層的な支援体制の構築」もまた、理想的な内容ではありますが、実現可能性は地域によって大きく異なります。
民法改正は全国一律に適用されるものですので、地域差をどこまで考慮できるかという問題があります。
理念の検討においても触れましたが、成年後見制度が福祉を担うべきか否かについても議論のあるところです。
地域福祉における成年後見制度の位置づけ、さらには地域福祉のあり方自体について、検討が求められます。
各論
ここからは、個別の役割(行為)ごとに論点を考えます。
個別(継続的でない)法律事務
私法上の法律行為のうち一過性のもの、例えば、不動産の売買など財産処分行為や、相続手続などです。
訴訟等の裁判手続もあわせて検討してもよいでしょう。
個別法律事務のみスポット的に代理権を付与し、その事務が終われば後見を終了させるというスタイル(適切な時機に必要な範囲・期間で利用する制度)が、今般の法改正で目指されている一つのかたちといえます。
こうしたスポット的な運用については、いくつか論点があります。
事務自体を成年後見制度が担う必要はあるか
例えば本人について訴訟手続が必要な場合、後見人(通常は弁護士でしょう)が訴訟手続を担うという形が想定されます。
しかし、訴訟手続自体を後見人に委ねるのではなく、本人から弁護士に委任する形をとり、その委任契約についてだけ何らかの支援等で補うという選択肢も考えられます。
このあたりは補充性の議論も関係します。
身上配慮・意思決定支援の限界
個別法律事務のみ代理権が付与され、財産管理権限がない場合、本人の財産・収支状況を十分に把握できないことが予想されます。
その場合、収支計画(支援計画)の立案にも限界がありますし、意思決定支援も限られた情報に基づいて行わざるを得ません。役割の限界について整理しておく必要があります。
報酬のあり方
個別法律事務を(特にスポット的に)担う場合、十分な判断能力を有する者が任意に委任する場合と比べ、意思決定支援やライフプランニングの立案など、事務量が増える(少なくとも減ることは考えにくい)のが通常です。
そうしたときに、後見人が受け取る報酬は通常の委任の場合と比べてどうあるべきか、当然問題となってきます。
また、自治体における報酬助成がこうしたスポット的な運用に対応できるかどうかも問題となります。
事務終了後の財産管理
個別法律事務が終了した後、残された財産を誰がどのように管理するかについては、研究会でも問題視されています。
継続的な財産管理
最高裁の統計によれば、成年後見制度を利用する動機として最も多いのが「預貯金等の管理・解約」であり、直近の統計では全体の31%を占めています15。
身上保護の重要性が注目されているものの、預貯金の管理こそが依然として後見人の根幹的な役割であるとの意見もあります。
財産管理は在り方研究会でも担うべき役割の一つとして挙げられていますが、研究会では様々な意見が出されました。
継続的な財産管理を担う場合、どうしても後見制度を継続的に利用することになります。一方、導入が予定されている「適切な時機に必要な範囲・期間で利用する制度」は必要な役割・期間を限定して後見を利用させようというものですので、継続的な財産管理はそうした制度にそぐわないことになります。
日常的な預金取引については後見制度以外で対応すべきだという主張も有力です。
もっともこの点については、議論が主客転倒しないよう気をつける必要があります。
「適切な時機に必要な範囲・期間で利用する制度」はあくまで制度・手段であって、まず目的や役割――つまり、継続的な財産管理にかかる支援は必要なのか、それは誰が担うべきなのか、といったところを先に整理すべきでしょう。
継続的な財産管理を成年後見制度以外で支援する場合、法定代理権という裏付けのない金融取引について、金融機関側がどこまで許容できるのか、実務上どのように取り扱うべきなのかも大きな問題です。
在り方研究会での議論は金融機関側に「合理的配慮」や「柔軟な対応」を期待するといった意見が目立ちましたが、そうした一方的な姿勢はかなり疑問のあるところです。金融機関も交えた真摯な検討を期待します。
高齢者・障害者支援において、多くの場合、財産管理の支援が問題となります。
問題は、それを誰がどのような法的根拠のもと担うのかという点です。
この点が、今回の法改正における最重要論点の一つと考えます。
財産の運用
財産管理に関連して、在り方研究会では論点となっていませんが、財産の運用についても言及しておきます。
現在の成年後見制度は、財産の積極的な運用、例えば株式や投資信託の購入を原則として認めない運用となっています。
通説では、成年後見人は財産の維持管理を行うべきものであって、運用リスクを負うことは善管注意義務に抵触すると理解されています16。
しかし、現代ポートフォリオ理論を前提とするファイナンシャルプランニングの観点からは、このような解釈は疑問もあるところです。
海外では投資を容認する国もあり17、検討の余地はあるでしょう。
もっとも私見を申せば、投資に関しては法解釈以前に素地が整っていないのが実情です。
統一的な財産管理・運用指針(日本版プルーデント・インベスター法)の策定、分散投資等の金融知識の普及、運用委託会社の存在などが先行して整わないと、なかなか難しいように思います。
入院・入所対応
身寄りのない高齢者の入院・入所に関する対応は、支援現場での苦慮が多く聞かれるところです。
後見実務においても、入院・入所対応を目的とした申立て相談を多くいただきます。中には、現在差し迫った課題はないけれども、将来起こりうる入院に備えたいという事案も少なくありません。
入院・入所対応については、導入が予定されている「適切な時機に必要な範囲・期間で利用する制度」との関係が特に問題となります。
多くの場合、入院(病院への搬送)は突発的に生じます。
一方、成年後見の申立て準備から利用開始までは、通常数か月かかります。
このため、搬送されてから後見の申立てを準備していては、ニーズに対応できません。
かといって、将来生じるかもしれない入院対応のためにあらかじめ後見人をつけるとなると、差し迫った必要性がないにもかかわらず長期にわたり成年後見制度を利用することになり、適切な時機に必要な範囲・期間で利用する制度の導入という方針に反します。
支援範囲の問題もあります。
入院・入所契約は、本来一過性のものではなく、継続的なサービス供給を目的とするものです。
成年後見人は契約締結時のみ関与すべきなのか、それとも継続的な関与が望ましいのか(あるいは、そもそも関与しない方向で考えるか)。事案にもよるでしょうが、役割の範囲が問われるところです。
また、福祉施設のなかには、入所契約を1年ごとに更新締結する形態をとるところがあります。こうした場合の関与のあり方についても考える必要があります。
医療同意
現行法において、医療同意は原則本人のみが行えるものであり、成年後見人に医療同意権はありません(家族にも医療同意権はなく、あくまで本人の意思を推定できる者と位置付けられます)。
成年被後見人等の医療・介護等に係る支援については、第一次成年後見制度利用促進基本計画の中で「総合的かつ計画的に講ずべき施策」として挙げられており、2019年には厚生労働省において「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」が策定されました。
ただ、身寄りのないケースを中心に、依然として現場では多くの課題を抱えています。
原則として本人の意思決定によるべきではあるものの、報告書でも指摘がある(23頁)とおり、改めて整理が必要でしょう。
虐待対応
虐待対応、特に養護者による経済的虐待事案等においては、成年後見制度の活用が期待されます。
他方、虐待対応においては本人保護の要請が強く働くところ、本人の意思に反した対応がどこまで認められるのかも問題となります。
セルフ・ネグレクト対応
セルフ・ネグレクトへの対応については、報告書の当初案では担うべき役割に含まれていましたが、自己決定権尊重の観点から異論が出され、最終的に記述が削られました。
一方、セルフ・ネグレクトの対応として、成年後見制度の有効性は従前から指摘されています18。
セルフ・ネグレクト事案における成年後見制度の活用は、事案にもよるところです。
例えば、自宅がゴミ屋敷になっていて、介護サービスの利用を拒否しているような事案において、初めの一手として成年後見制度は適しないことが多いかもしれません。
一方で、本人が支払手続をうまくできずにライフラインが止まっていたり、受給すべき年金を受け取っていない場合など、制度を活用すべき局面もあります。
一概に論じることは難しいかもしれませんが、成年後見制度の役割について、改めて議論を期待するところです。
なお、セルフ・ネグレクトを虐待の定義に含めるべきとの見解が主流となってきています。このため、虐待対応の一環として整理することも考えられます。
消費者被害等
消費者被害への対応について、在り方研究会では、報告書において主要な場面や役割のひとつとして挙げている一方、成年後見制度の外側で対応すべきとの意見も有力に出されています。
他方、近年問題となっている特殊詐欺や、旧統一教会をはじめとする宗教団体等への高額献金問題等についても、法制度がどう対応すべきか問われます。
在り方研究会ではこれらの問題についてほとんど触れられておらず、むしろ取消権を縮小・廃止させる方向で検討が進んでいますが、一方で財産保全の仕組みを強化すべきとの声もあります。
次に、非常に大きなお金を持ち出しているようだから、この財産を保全したい、どうすればいいかという相談が結構あるのですね。2000年に廃止されたわけですけれども、準禁治産者制度があって、そこに浪費という規定があったものですから、統一教会関係に関しても、2000年まではその浪費の規定を使って言わば財産の保全をしたのですね。個人の人権の観点からそれが廃止されて以降、財産を保全することに非常に困難を伴うことになっています。
―第2回霊感商法等の悪質商法への対策検討会議事録、紀藤正樹委員の発言より
以前は、現在の成年後見制度になる前の禁治産制度あるいは準禁治産制度というもので解決していたところもあったわけですが、現行の成年後見制度を活用していく、あるいはこれを見直していくことも必要かと思います。ただ、これについては、私は新聞報道で接しただけでございますが、法務省が成年後見制度の見直しへ向けて法改正の作業に着手するという報道もありましたので、そことの連携も必要になってくるかと思います。
―第3回霊感商法等の悪質商法への対策検討会議事録、宮下修一委員の発言より
本人の保護(権利侵害からの回復支援)にどの程度重きを置くかという理念の議論が具体化された論点といえます。多角的な観点からの議論が望まれます。
行政手続
日本の社会保障制度は基本的に申請主義であるため、権利擁護支援において各種行政手続(申請)の支援(代理代行等)は欠かすことができません。
立法担当者は、成年後見人の職務は公法上の行為を含んだものとしており19、実務上もそのように取り扱われています。
しかし、成年後見制度は本来私法上の法律行為を対象としたもので、公法上の行為における代理の態様については必ずしも十分に整理されているとはいえません。
成年後見人等の権限は私法上の権限であるため、公法上の行為の代理又は代行を当然に正当化するものではない
―在り方研究会報告書20頁より
実務上、成年後見人等には、民法上の代理権や財産管理権の解釈論を通じて、行政手続等の公法上の行為に係る代理、代行を求められることが多くあるほか、私法上の法律行為やその私有財産の管理と直接的には関係しないと考えられる公法上の領域(医療保護入院、個人情報保護、予防接種等の場面)において多くの権限等が付加されており、その当否については改めて検討される必要があると考えられる
―在り方研究会報告書23頁より
一方、行政手続は親族や福祉関係者による事実上の代行が広く行われている領域でもあります。
役割分担のあり方を検討する必要があるでしょう。
近時において特に整理が求められているものとして、個人番号(マイナンバー)の取扱いがあります。
個人番号は個人情報としての側面もあり、多角的な検討が必要です(個人情報管理の問題は後述)。
行政手続については、各種業法との関係も問題となります。
訴訟行為に関する代理権を保佐人や補助人に与えるにあたっては、弁護士法の関係上、弁護士に限られるべきとの見解が示され20、裁判実務上もそのように取り扱われています。
この見解に従えば、例えば税金の申告についても、税理士法との関係が問われることになります。
なお日本税理士会連合会は、「業として行わない限り、税理士法には違反しない」との見解を示しています21。
個人情報の管理
現代においては、生活のあらゆる場面において、個人情報の管理が問題となります。
例えば、福祉サービスの利用ひとつをとっても、個人情報の提供同意を求められます。
また、意思決定支援をはじめとする権利擁護支援は原則として多職種によるチーム支援が求められるところ、チーム内における個人情報共有についても本人の同意が問題となります22。
成年後見人が本人の個人情報を取り扱う法的根拠やその許容範囲をめぐっては、様々な論が交わされています23が、十分な整理がされているとはいえない状況です。
成年後見制度以外による支援の場面を含めて、支援者が本人の個人情報をどのように取り扱うべきなのか、議論・整理が欠かせません。ただし、これは個人情報保護を所管する部門も巻き込んで行わないと難しいと思われます。
死後事務
死後事務については、報告書88頁以下で言及されています。
本人の死亡によって成年後見人等の地位が消滅するため、本来は成年後見人等が死後事務を行うことは想定されていません。
しかし、ほかに適切な受け皿がなく、これまで成年後見人が事実上対応を迫られてきました。
成年後見人による死後事務の法的根拠は明確に定められていませんが、法解釈上、委任終了後の応急処分義務(民法654条)や事務管理(同697条以下)があげられます。
2016年の民法改正により、後見人の死後事務に関する権限が一定の範囲で認められました(民法873条の2)。
しかし、この改正規定は現場の実情に比して不十分な点が多く、活用されているとは言い難い状況です。
今回の法改正では「適切な時機に必要な範囲・期間で利用する制度」の導入が見込まれていますが、これに伴って次の問題が生じると予想されます。
まず、必要な事務が終われば後見を終了させるスポット制を採用する場合、本人の死亡時に後見人がついていない可能性が大きくなります。
また、仮に就任中の本人死亡であっても、法的根拠が問題となります。
応急処分義務や事務管理に基づく死後事務は、成年後見人等が包括的な財産管理権を有することが前提と考えられます。
遺産分割や施設入所に関する代理権に限定されている場合、後見人に死後事務を行う権限を認める合理性があるかどうかは、慎重に考える必要があるでしょう。
かといって、死後事務のために成年後見を利用するというのは、本来の制度趣旨から大きく外れることになります。
死後事務については、本人の判断能力にかかわらず、身寄りのない世帯について直面する問題です。
ですので、成年後見制度以外の部分で、広く受け皿を整備していくことが期待されます。
おわりに
ここまで2回に分けて、理念と役割について検討を行ってきました。
理念的には、代理行為を最小化することが追求されているといえます。
一方で、高齢化や孤独・孤立化が進むに伴い、支援の現場ではむしろ必要性が増大しているかもしれません。
この相反する要請を調整する必要があります。
また、成年後見制度を利用しない場合における支援体制の検討が急務です。
1 法文上は、本人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うことが想定されています(民法858条、868条1項など)。
2 青木佳史「利用促進基本計画の取組みから明らかになった権利擁護の課題」実践成年後見88号(2020年)62頁
3 なお成年後見制度の見直しにあたり、「成年後見制度利用促進専門家会議」や「成年後見制度の在り方に関する研究会」に複数の当事者団体が委員として参画していますが、その大半は家族会であるとの指摘もあります。
4 令和5年中の認容終局事件のうち、親族候補者なしの事案は78.0%。本人申立てと市区町村長申立ての合計は約46%。最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―令和5年1月~12月―」(https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/2024/20240315koukengaikyou-r5.pdf)
5 厚生労働省社会・援護局地域福祉課成年後見制度利用促進室「持続可能な権利擁護支援モデル事業について」(2024年2月1日付、成年後見制度利用促進専門家会議第3回総合的な権利擁護支援策の検討ワーキング・グループ資料)より(https://www.mhlw.go.jp/content/12000000/001200050.pdf)
6 愛知県豊田市報告資料「豊田市地域生活意思決定支援事業の試行について」(2023年1月16日付、成年後見制度利用促進専門家会議第1回総合的な権利擁護支援策の検討ワーキング・グループ)より(https://www.mhlw.go.jp/content/12000000/001112285.pdf)
7 広義では社会福祉協議会(社協)を含んだものとして説明されることがありますが、ここでは社協ではない典型的な民間事業者を想定しています。
8 山野目章夫「成年後見制度改革の必要とその方向性」日本記者クラブ記者会見(2022年4月18日)(https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/36304/report)
9 高齢者等終身サポート事業者ガイドライン(案)(https://www.cao.go.jp/kodoku_koritsu/torikumi/suishinhonbu/dai1/pdf/siryou4-2.pdf)
10 もっとも本稿執筆日時点でのガイドライン案では、サービス利用者の判断能力が低下した場合は成年後見制度の利用を求めています。この点、成年後見制度をラストリゾート(最後の手段)と位置付け、民間事業者との任意代理契約に補充性を認める(成年後見制度よりも優先させる)方向を有力視する在り方研究会との間で、方向性のずれがみられることに留意する必要があります。
11 現状における実態は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング「地域包括ケアシステムにおけるケアマネジメントのあり方に関する調査研究事業報告書」(2024年)(https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2024/04/koukai_240425_05.pdf)、日本総研「身寄りのない高齢者の生活上の多様なニーズ・諸課題等の実態把握調査」(2024年)(https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=107744)などを参照。なお、ケアマネジャーの業務範囲のあり方については、政府の「ケアマネジメントに係る諸課題に関する検討会」において検討が進められています(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_39506.html)。
12 永田祐「地域福祉の推進と成年後見制度利用促進施策」実践成年後見100号(2022年)58頁~
13 成年後見制度利用促進基本計画(第一期)9頁
14 地域包括ケアシステムの法律上の定義は、「地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制」(持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律第4条第4項)。
15 最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―令和5年1月~12月―」(https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/2024/20240315koukengaikyou-r5.pdf)
16 松原正明・浦木厚利編著『実務 成年後見法』(勁草書房、2020年)122頁〔松井芳明〕、新井誠・赤沼康弘・大貫正男編『成年後見制度 法の理論と実務(第2版)』(有斐閣、2014年)115頁〔赤沼康弘〕など
17 黄詩淳「成年後見人による財産管理の基準―アメリカ法と台湾法との比較を中心として―」実践成年後見53号(2014年)16頁~
18 岸恵美子編集代表『セルフ・ネグレクトの人への支援』(中央法規出版、2015年)103頁〔滝沢香〕
19 小林昭彦・大門匡編著『新成年後見制度の解説』(金融財政事情研究会、2000年)143頁
20 東京家裁後見問題研究会編著「後見の実務」別冊判例タイムズ(2013年)56頁
21 https://www.nichizeiren-seinenkouken.org/faq/index.html
22 水島俊彦「後見業務における意思決定支援と情報開示のあり方」月報司法書士2020年8月号24頁(https://www.shiho-shoshi.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/12/202008_04.pdf)
23 新美育文「個人情報保護法成立の意義と課題」法律のひろば2003年9月号(2003年)25頁、八杖友一「緊急事態等における成年後見人等の個人情報取扱いの実務」実践成年後見73号(2018年)47頁、額田洋一『成年後見実務マスター』(新日本法規出版、2023年)248頁、田沼浩「高齢者・障がい者に対する個人情報保護―法の適用とその問題―」情報システム学会第9回全国大会・研究発表大会論文集(https://www.jstage.jst.go.jp/article/proceedingsissj/9/0/9_b1-1/_pdf/-char/ja)など
“成年後見法改正の論点2 担うべき役割” に対して2件のコメントがあります。
コメントは受け付けていません。