後見事務における意思決定支援ガイドラインが策定されました
目次
はじめに
2020年10月、最高裁判所、厚生労働省および各専門職団体をメンバーとするワーキング・グループにより、後見事務における意思決定支援ガイドラインが策定されました。
これからの後見事務について、代行決定から意思決定支援への転換を促す、画期的なガイドラインです。
策定の経緯
2000年から施行されている現在の成年後見制度では、自己決定の尊重・ノーマライゼーション・身上保護の重視といった理念と、本人の保護の調和が図られています。
しかし、今までの制度の運用は、財産保全に偏重して本人の意思の尊重や福祉的な観点が不十分ではないかとの指摘がありました。このため、意思決定支援を重視した制度・運用の整備を求める声が上がっていました。
利用者がメリットを実感できるような制度・運用となるには、意思決定支援の考え方に沿った後見事務が行われる必要がありますが、成年後見制度利用促進専門家会議においても、そのためには、後見人による意思決定支援の在り方について、具体的で実践可能な指針が策定される必要があるという認識が共有されました。
(意思決定支援ワーキング・グループ『「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」について』)
また、日本が批准している障害者権利条約の観点からも、意思決定支援を中心とした制度への転換が求められてきました。
障害者権利条約では、第12条において、障害者について「法律の前にひとしく認められる権利」があることを確認しています。
国連障害者権利委員会は同条約に基づき、締約国は代行決定を全面的に廃止し、意思決定支援制度に転換すべきとする「一般的意見第1号」を2014年に採択しています。
ただし、障害者権利委員会の解釈は、条約成立段階における締約国の解釈と異なると指摘されており、どちらの見解が正しいのかについては議論があります(川島聡「障害者権利条約12条の解釈に関する一考察」実践成年後見51号P71、上山泰「意思決定支援と成年後見制度」実践成年後見64号P45など参照)。
こうした流れを受け、最高裁判所、厚生労働省および専門職団体(日本弁護士連合会、成年後見センター・リーガルサポート、日本社会福祉士会)を構成員とするワーキング・グループによって指針の策定に向けた検討が進められ、各種団体からのヒアリング等を経て、今回のガイドラインが策定されました。
なおこれに先立ち、医療・福祉領域においては、2017年以降、意思決定支援にかかる各種のガイドラインが策定されています。
・障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン
・認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン
・人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン
・身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン
ガイドラインの内容
概要
今回策定された「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」では、成年後見制度の利用者が直面する重要な法律行為およびそれに付随する事実行為について、支援者が代わりに決めるのではなく、本人が自らの価値観や選好に基づいて意思決定すべきことを定めています。
そのために、後見人を含む支援者が、本人に必要な情報を提供し、本人の意思や考えを引き出すための具体的な手順をガイドラインで提示しています。
意思決定支援のプロセス図(暫定版)
(「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」より引用)
「意思決定支援」の定義については論者によってさまざまですが、本ガイドラインでは下記のとおり定められています。
意思決定支援とは、特定の行為に関し本人の判断能力に課題のある局面において、本人に必要な情報を提供し、本人の意思や考えを引き出すなど、後見人等を含めた本人に関わる支援者らによって行われる、本人が自らの価値観や選好に基づく意思決定をするための活動をいう。
(意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン(第2の1))
意思決定支援にあたっては、チームによる支援を行うべきものとされています。
なお本人による決定が求められるとはいえ、それは本人による表面的な意思表示を機械的に採用するということではありません。信頼関係の構築、理解しやすい情報提供方法の検討など支援環境を構築し、本人の真意・意図をくみとることが求められます。
また、意思決定を強いる必要はないとされています(ガイドライン第3の3(5)③(P12))。状況が許すのであれば、結論を急がず、支援を続けていくことも必要です。
対象者
本ガイドラインは、専門職後見人だけでなく、親族後見人も対象として想定されています。
2 ガイドラインの趣旨・目的等
本ガイドラインは、専門職後見人はもとより、親族後見人や市民後見人を含めて、後見人、保佐人、補助人(以下「後見人等」という。)に就任した者が、意思決定支援を踏まえた後見事務、保佐事務、補助事務を適切に行うことができるように、また、中核機関や自治体の職員等の執務の参考2となるよう、後見人等に求められている役割の具体的なイメージ(通常行うことが期待されること、行うことが望ましいこと)を示すものである。
(意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン(第1の2))
対象となる事項
今回のガイドラインでは、成年後見人が意思決定支援に直接関与するのは全ての事項ではなく、「原則として、本人にとって重大な影響を与えるような法律行為及びそれに付随した事実行為の場面に限られる」(ガイドライン第2の4(P4))とされています。
例外としての代行決定
ガイドラインでは、原則として本人の決定した意思を実現させますが、「見過ごすことができない重大な影響が生じる」場合はこの限りでないとしています。
具体的には、下記の3要素をすべて満たす場合が「見過ごすことができない重大な影響」にあたるとされています。
- 本人が他に採り得る選択肢と比較して、明らかに本人にとって不利益な選択肢である
- 一旦発生してしまえば、回復困難なほど重大な影響を生じる
- その発生の可能性に確実性がある
ただし、客観的に合理的でなくとも「本人にとって見過ごすことができない重大な影響」が発生する可能性が高いとまでは評価できない場合は、原則どおり本人の意思を実現させることになります。
また、「重大な影響」に該当する等の理由でやむを得ず代行決定を行う場合であっても、本人の意向・感情・価値観を最大限尊重することを前提とし、客観的・社会的利益は重視しないとしています。
このように一定の事情において代行決定を認めたことについて、自己決定権が他の人権より常に優位に立つわけではないことを考えると、私は妥当と思います。
しかしながら、自己決定権を絶対的なものととらえる立場や、逆に生存権・財産権を重視する立場からは、異論も予想されます。
なお国連障害者権利委員会は「一般的意見第1号」において、一切の代行決定を否定しています。
また、3要件の記述が抽象的であるため、具体的な事案への当てはめ方については、今後さらなる議論が必要でしょう。
意義
これまでの後見業務においては、本人の意思を「尊重」しつつも最終決定権者は後見人でした。判断の過程においては自己決定権の尊重と本人の保護との調整が図られますが、本人の保護が強すぎるという批判がありました。
今回のガイドラインでは、原則として本人が決定するという方針への転換が明確にされました。また、本人の保護より自己決定権がより前面に出たといえます。
支援の手法について、ガイドラインによって標準的なものが定められたことも大きいと思います。
家庭裁判所における監督も、今後は本ガイドラインを前提としたものになっていくでしょう。
これはあくまで私見ですが、例えば居住用不動産の処分許可申立てなどにおいて、本ガイドラインに沿った本人の意思確認、およびアセスメントシートの提出が求められるようになるのではと予想します。
課題
今回のガイドライン導入は、後見実務に大きな転換を求める一方、記載が抽象的であったり、触れられていない論点があったりします。
現行法との整合性や、プライバシー保護の問題など、検討すべき課題が残されています。
また、本ガイドラインにつき、専門職への周知はもちろんのこと、国民一般に理解してもらうことも必要となります。
詳細な論点は別記事で扱います。